政治家を目指した理由

「世界の流れと日本の凋落を体感したビジネスマン時代」

「情熱なしには生きられない」。高校、大学と日本一を目指して打ち込んだボクシングの経験が私の生き方を形作っていきました。
そして、「仕事を情熱、生きがいの感じられるものする」との信念で、関心の強かった大手水産会社に就職。
そこで、当時(平成14年就職)、世界一だと思っていた日本の水産物の購買力が外国に買い負けし、大手水産企業であっても水産部門が赤字である現実を目の当たりにしました。

その後、実家が経営する製粉会社(南出製粉)に就職。
新事業を立ち上げ精力的に活動する中で、取り扱う穀物が世界各国の戦略(バイオエタノール・原油価格・外交等)や異常気象により仕入れ価格の高騰が招かれ、体力のない中小零細企業にとっては致命的な大打撃になることを、事業経営を通じて実感しました。

将来を見渡すと、今後世界では人口増加が続き、食糧問題がより深刻になることは、日本人にとって切っても切り離せないことが容易に想像できました。 世界の流れは大津波である。たとえ会社に入って「あんなことがしたいと夢を語っても」、大津波は関係なしに飲み込んでしまう。世界の動きを捉え、戦略的にかじ取りしないと生きていけない時代であることを悟ることができました。

私にとってビジネスマン時代は、世界の動きと日本の凋落を肌で感じ、日本の将来へ危機感を募らせた時期です。
この時の経験があって、世界の流れから、国家観をもって地域のことが考えられる政治家を目指すという活動の礎ができています。

「泉大津の将来を自分事として考えるようになって生まれた危機感と使命感」

南出製粉に就職し、新事業を立ち上げ開発した新商品がメディア(新聞、ニュース特集、ラジオ)に取り上げられたり、精力的に活動をしていました。
結婚し、子育てがはじまり、死ぬまで泉大津に住むのだろうと思った時に、無関心からはじめて泉大津を知ろうという気持ちが芽生えました。
そこでわかったのが、若者の流出、高齢者の増加、地場産業の衰退によりまちの特色がなくなっていっていること、財政状態が大阪府下の中で最下位に近い位置で推移していること・・・
そして、「どんな政治家がいるのだろう」と議会のホームページを開くと、自分の両親よりも年齢が高い人がほとんどで、将来を担う若者が一人もいないことを知りました。
泉大津は将来的にどんどんと厳しくなるということが想像できましたが、将来担わなければならない我々若い世代が、政治の場にいない。
将来を想像すればするほど危機感が募りました。

他人事ではなく自分ができることを考え抜いた結果、人・もの・資源・泉大津の立地的要因など潜在能力を引き出し、将来にバトンタッチする役割を果たすことを決意しました。
危機感と使命感から政治家を志したのがはじまりです。

「挑戦。そしてわかった過去と今のつながり」

「過去は変えられない。変えられるのは未来だけである。」泉大津の可能性、潜在能力を引き出し、未来につなぎたい!」
想いと当時掲げた政策とビジョンを訴え続け、2007年4月、2561票という大きな期待を頂きトップで当選することができました。

選挙までの活動中も今現在でも市民からよく言われることがあります。「君のおじいちゃんには本当に世話になった」と。
祖父は私が就職した年である平成14年に亡くなりましたが、小さい頃の人の出入りの多い家だったことを思い起こしたり、遺されていた手記を読んだり、色んな方にお話を伺ってわかったことがあります。それは、我が家は駆け込み寺であったことです。人やまちが困ったら祖父に相談くる。その際に、祖父は我が身を省みずに汗をかいていたのです。
商売だけではなく、人やまちのために。

1期目の当選は「あの人(祖父)の孫ならきっと期待できる」として投票して下さった方が多いと思っております。
もし、祖父が商売をして自分の欲を満たすだけの好き勝手な人生を送っていたなら「あんなだらしない祖父の孫ならきっと同じ・・・」と思われ、結果は違ったものになったかもしれません。
先祖が歩んできた人生が、ぼくに恩恵となって降りかかってきたのです。
つまり、「ぼくが今この瞬間何をやるかで未来が変わる」ということが、先祖とのつながりの中からリアルに実感できるのです。

「100人の1歩づくりへの挑戦」

恩恵は過去やまわりから頂くものであり、それは同時に使命である。
頂いた恩恵は、行動によってまわりや将来に返す(送る)ことが、今を生きる人の責務である。
私はその先頭にたって行動することを決意しました。

しかし、私一人の知恵も能力もどれだけ行動しても、一人では限界があります。
「自分ひとりが行動しても変わらない」という人が多ければまちは変わらないように、「せめて自分だけでもやってみよう」という人が増え、まちのためにできる一歩を踏み出して下さる市民が増えれば、知恵も行動も集まり、まちの活気が生まれます。 「未来を切り拓くのは1人の100歩ではない。100人の1歩づくりへの挑戦!」
100人の1歩を引き出すためなら、一人で1000歩でも10000歩でも歩く覚悟です。

まちの将来はいつの時代も「人材」にかかっています。
人の成長と共にまちが成長する。これをプロデュースするところに全身全霊をかけた挑戦を続けます。